広瀬川と仙台市街を一望できる風格ある日本料理店。木造建築も床しい座敷で語る、
五代目店主の横顔は…?
「景気悪い時に店を継いで良かったんです。これ以上落ちないだろうし、色々と冒険も
できるしね」。意に反して、フランクで親しみやすい人物のようだ。
目指すのは「誰にでも使いやすい料理屋」。純和風の客室に椅子とテーブルを導入し
、また従業員の若返りを図り、季節ごとのキャンペーンなどを積極的に押し進めてきた
。
「交流接待が制限されて業界が変わったことも、私にとっては色々やりやすい訳です」
。 最近は女性客が増え、椅子・テーブルを使う結婚披露宴も多くなったという。「ウ
ェディングドレスを着て、座敷で人前結婚式を挙げるケースもある。少し前では考えら
れないでしょ?」。嬉しそうに目を輝かせる。黒のジャケットに濃紺水玉のタイをピシ
ッと決めた姿は、風雅な和室によく映える。隅々に心を配る自らの店だけに、空気まで
もコーディネイトされているかもしれない。
「料理屋は料理と接客、空間も含めた器の総てが良くなくてはならない、しかも適正
な料金でね。景気が悪いからといって、値段を下げて質を落とすことはできません。う
ちでは原価率を上げて内容を充実させ、一層の満足をと…」。板前ではないが、市場に
仕入れに行くのが代々の決まりという。自らに言い聞かせるように真剣に語る表情は、
食材を見定める時と同じものだろう。「材料に責任を持つ代わりに、出来上がった料理
にはうるさいですよ。板前泣かせっていわれてる(笑)」。
。
性格はと聞けば、「偉そうに風呂敷を広げるけど、実は反対。消極的な才もない凡人
なんですよ。積極的な人間になりたくて言ってる面もあるかな」と。日本料理店の全国
組織『めばえ会』で、かつては副会長を勤め、今はその仙台支部をまとめている。「京
都に行ったら東洋館なんて新参者。一流の方たちから学ぶことは、これからも限りなく
ありますよ」。謙虚ながらも、若さを武器にした向上心や野心が小気味よく見え隠れす
る。
好きな言葉は山本五十六だそうだ。『やってみせ、言って聞かせて、させてみて、誉
めてやらねば人は動かぬ』。あの時代の軍隊なら、誉めなくても上司は部下を動かせた
はず。
にも関わらず、彼は上に立つ者の心得としてあえて残した言葉だ。「誉める材料がいく
らでもあるのに、誉めるって、なかなかできない。人のお陰で生きてることをつい忘れ
て、すぐ自分本位になってしまう。人間て生意気な動物だよね」。聞き逃してしまうぐ
らいに、ごくさりげなく語られた本音に、人間の深さと優しさをかいま見たような気がした。